社畜からの卒業。わたしが海外に住むことになったきっかけ×3つ




わたし(@genchisaiyou)は新卒で正社員として就業し、無遅刻・無欠勤で普通に生きていましたが、ある日プツっと糸が切れて倒れました。日本人としての当たり前の生き方をガラっとかえるキッカケ。

海外に住むきっかけは人それぞれですが、自分の場合はどうであったか?私の場合は毎回心が軽くなる瞬間があり、そのタイミングで決断を下すことが多かったです。

今の会社で正社員を辞めたら、逃げたことになるのかな?

次も保証されていないし、このまま残るのが正解なんだろうか

わたしが最初の会社を辞めたのは29歳5ヶ月の時。アラサー付近で今の会社を辞めようか?迷っている人には参考になる追体験かと思います。

結論から言いますと、海外に出て正解でした。色々な生き方に触れるきっかけもできましたし、1度収入は下がりましたけど最近は当時の月収以上に稼げるようになりましたよ。

もしあなたが同じように海外に出てみたいのであれば、以下の記事をぜひ参考にしてください。

あなたもきっと大丈夫です。それではその頃の気持ちを振り返ってみます。

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海外に住むことになったきっかけ①:海外旅行 age23~24歳

人生で初めて参加した結婚式はインドでした。

やはり海外に出る経験というのは大きいですね。それが短期旅行であっても刺激が多い。若ければ若いほど感受性も強く、得るものが多い気がします。

日本の常識が通じない。どれだけ恵まれて暮らしやすい国にいたんだろうって身をもって実感しました。

初めて海外旅行に行ったのが2004年の中国。その時はアテネオリンピックで盛り上がる時期。

中国対日本とかで日本が勝って暴動起きたらどうしよう

こんな妄想が杞憂に終わったことを覚えています。その後、卒業前にインドと東南アジアをバックパッカーをしたのですが、それは中学生の時に見た電波少年の影響です。

まさか有吉氏がここまで大人気の売れっ子になるなんて、あのころは誰も想像していませんでしたよね。今この企画やったら世間から叩かれそうだな。

就活を終えたばかりで、果たしてこの選択で正しかったのかな?とちょっと不安もあったり。でもタイの路上で売店やりながら楽しそうに笑顔で働いてる人を見て

まぁなんとかなるかな

って自然と思えたんですよね。その時は若かったし、仮にこれでうまくいかなくても佐川急便で引っ越しでもやって金貯めればよいか~くらいに開き直るきっかけになりました。

海外に住むことになったきっかけ②:ブログ age29歳

2006年。入社3日目くらいに撮影した写真。モニターでかいなぁ。時間は23時ですねw

海外旅行で海外に感化はされましたが、周りと同じように就職活動をして結果的に新卒で人材系ベンチャー企業へ行きました。

浪人・留年をしていたので、急いで社会人として成長しないと、周りに追いつけないという焦りがあったからです。だからベンチャーしか選ばなかった。

今思えば2年〜3年なんてたいしたことないんですけどね。まぁ目指すのが孫正義ならそんなこと言ってられませんが、周りからの評価で軸を決めても疲れるだけだよ?って話で。

なんですかね・・・高校受験、大学受験くらいからどうも周りとの勝ち負けみたいのを無駄に意識してこじらせて生きてきてしまったなぁとは思います。

入った会社は今だとブラック認定されるのかな。初日午後から飛び込み営業がスタート。

何を売るのかもよく分からない状態でアポが取れると何も話せなくてめっちゃ困った思い出があります。笑

OJT(On-the-Job Training、オン・ザ・ジョブ・トレーニング)とは聞こえよく言ったもので、要は何かトラブル起きたらその場で解決していく。

自ら高速で勉強し、時には知ったかぶり、毎日100件は飛び込んだり、テレアポもガンガンしてましたなぁ。

毎月160~200時間くらい残業していましたねぇ・・・。でも、あまり頭を使って動けないので、営業としては全然売れませんでしたね。

こんな生活を何年もしていると、一部の猛者以外はバタバタと倒れていくようです。私の周りも

・外出先で倒れて病院へ
・朝起きれない、出社できない
・プレッシャーから嘘の商談予定を入れる

ここには書けないことも含め、普通に考えたらおかしいことが頻発していました。わたしも1度だけ出社できなくなり、2日ほど倒れました。笑

精神的に結構追い込まれていたんですよね~当時は。こんなこと言うといまは怒られそうですけど、

女に生まれたかった。こんなプレッシャー感じずに誰かに養ってもらいたい

ってなんども思っていましたよ。男はこうあるべき!みたいな世界観についていくのがしんどかったんですよね。

会社の営業なんてしていないで

養ってくれるお姉さん探す旅に出ようか

年上のお姉さんには可愛いがってもらえる傾向がなぜかあったので、これは本気で迷いましたねw まぁ相当疲れてたんでしょうなぁ。

とはいえ、倒れて家にいても2日目なんてすることないんですよね。なにせそれまで会社の仕事しかしてこなかった人間なので、なにをしていいか分からない。

その時に読んだのが下記の古賀さんのブログです。現在はDrivemodeというシリコンバレーのスタートアップでCEOをされています。

ちょうど会社を辞める後輩が居て、その子が当時お会いしたのが古賀さんでして。そういえばどんな人なんやろ?と。

会社は「社員の幸せを目指す」と言うが、それを信じているならそれは幻想である。他人の言う事を聞けば幸せになると思っていること自体、シンデレラ思想というものである。

会社は会社を幸せにする責任しかない。僕たちを幸せにする責任は僕たちにしか無い。

だから、僕たちは会社から自立して、自分の幸せの為のキャリアをマネジメントしていかなければならない。

会社の幸せと自分の幸せを混同した瞬間、人生を会社にまるごとプレゼントしているようなものである。なんという気前の良さ!

参照:会社の幸せと個人の幸せ

もうこれには頭ガツーーーーンとやられた。当時は今みたいに副業とか残業規制とか全然騒がれていない時代。こんな考え方あるのか、と。

社畜人間になっていた自分は、自分の幸せを完全に会社の幸せに合わせようとしていたんですよね。

でも心の中はずれている。自分はずれているのに、周り(会社にいる同僚・先輩)は疑問を感じていない。

なるほど、自分がおかしいのか?じゃあ合わせようと調整する。でも苦しい、そして倒れた。

実はそもそも、しょせん就職とか転職とかは仕事の話なので、人生のいろいろな苦労の中では別に大した苦労だとは思っていない。

日々の食事が普通にできない金欠状態に陥るまでは、仕事における苦労など大したことはないと思う。

もちろん、やりたい仕事が実現できるに越したことはないが、僕は家族が幸せで天気がよければ仕事がどういう状態でもけっこう幸せなのだ。

「背水の陣」とか、「覚悟」とか、そういうなんだか怖い単語でディスカッションが盛り上がっているのを見るとすごいなあと思う。

そういう話は、僕が成功した後、失敗することにより失うものが大きくなる日まで、関係ないと思う(笑)

参照:アメリカでの就職の話 (1): 内定辞退

天気がよければ仕事がどういう状態でもけっこう幸せなのだ。」ってはっきり言う人にお会いしたのは、この古賀さんが初めてです。

なんかそれまでは「起業!」「ベンチャー!」「成長!」みたいな、立派な概念やお題目がなければ、大人として堂々と生きていてはいけないのではないか?くらいに思いこんでいたんですね。

それがですよ。立派に結果出している人がこういうこと言うもんだから、めっちゃ拍子抜けしまして。それと同時にすごく無駄に肩ひじ張っていた気持ちが抜けていったんですね。

最初に会社辞める時、そしてこのお茶会の時も「世界一周でもします」って確か言っていた記憶があるのですが、これも周りの目を気にしていたことに気づきまして。

あれ、別に海外に行きたいけど、そもそも一周する必要なくね?

それよりも、旅行しただけでその土地を知った気になるよりかは、実際に暮らしてみたいかも

こんな風に心情が変化していきました。まぁいざ会社を辞めるとなると周り(同僚・先輩後輩・親・etc)は色々と理由を聞いてきますけど、全員を完全に納得させるなんて無理ですよ。

なんで、とりあえず最低限の生活ができる場所やお金をキープしたら、やりたいことやってしまえば良いかなと。そういう意味では若い人ほど有利ではあります。守るものが少ないので。

古賀さんにお会いしたのはお茶会を開いていただいた1回のみ。でも影響力が半端ないですよね。

自分も色々な生き方の1つの選択肢として、誰かに影響を与えられる人になってみたいなと、この時に漠然とですけど思いました。

古賀さんは当時からすごい人だったけど、今ではCEOですからねぇ、、いやはや。そして、この方がおっしゃっているドラクエ理論、好きです。

強いやつはルイーダの酒場で呼ばれて、どんどん戦ってどんどん強くなり、転職しながらスキルを極め、苦難と戦い続ける。

弱いやつは呼ばれないから弱いまま、どんどん強くなる仲間の戦いを眺めながら、すごいなあ、で終わる。

レベル20になったら転職するだろ。レベル1に落ちるのが怖くて魔法戦士になれるか。

もし強い敵にやられても、教会からやりなおすだけだ。お金はなくなるが、経験は残っている。

子供の頃のワクワク感を忘れないで。強くなろう。旅に出よう。冒険しよう。戦って、負けて、やり直して、また戦おう。

誰だって、冒険者はみんなレベル1からスタートだよ。文句言わない。あなたが学ぶものは、あなたの武器としてあなたを強くし、防具としてあなたを守る。必ず。

参照:ドラクエ人生論

海外に住むことになったきっかけ③:ゲストハウス age30歳

ゲスハウスの男子10人住み込み部屋。汚い・・・まぁこうなるよねw

古賀さんの話を聞いた後に結局ニートしています。(笑)自己啓発系のあるあるですが、感化されてすぐに行動に移さないと人生終わっていますという例です。

何か影響を受けたらすぐに行動。これ、鉄則です。飛行機のチケット調べる、宿を取る、セミナー予約する。なんでもいい。必要だと思ったことを今しましょう。

じゃないと私みたくニートになります(笑)これはこれでよい経験でしたけどね。それまでイベントとか企画してウェーイってやるのが人生くらいに思ってましたけど、そうでもないなと。

ゲームして引きこもっているのが結構好きって気づけました。

そして、どうやってニート期間が終わったかというと、追い出されたからです。私の場合は、所持金がないのに実家を出されるという強制的な外的環境の変化があったので、行動に移せました。

金がないから消費者金融にお金借りましたからね。いやー利息やばかったなw

は・じ・め・ての~アコム♪

何事も経験( ^ω^)・・・いや、この経験はいらんな。

ニートをやってなかったらそのまま国内で転職して、また同じような悩みで苦しんでいただけかと思うので、結果論ですけどよかったなと。(繰り返すけど、アコム経験はいらないよ)

海外暮らしには興味があったけど、いきなり海外飛ぶにもお金がない。そもそもわたしは本当に海外に行きたいのか?それすらもちろん定かではない。

とりま外国人ってどこにいるんだっけ?

追い込まれていると人間必死に探す(ググル)もんですね。「金がない×だけど海外経験したい」という組み合わせで、ゲストハウスの住み込み職を見つけ、しばらくそこに住むことになるんです。

簡単な労働を3時間×5日間提供。その代わり家賃と光熱費が0円の生活がスタートです。そこには色々な外国人がいましたね。ライターしながら自転車で世界一周している人とか。

彼らと接する中で、これまでの法人での就業経験×外国という組み合わせで生きていきたいなーという考えが生まれました。詳細は下記どうぞ。

ここから自分も海外に出るぞーって切り替わりましたね。でもお金がなかったからまずは改めてお金をためて、そのあとにタイと出会ったわけです。

学生時代にバックパッカーでタイを旅行してた頃から既に7年が経過していました。

海外に住むことになったきっかけ:まとめ

結局のところ、私の場合は周りの人たちの生き様をリアルで見てそのたびに助けられてきました。

しんどくて考える余裕がない人ほどほかの場所に行き、そこで生きている違う考えをもつ人たちに触れて見るのが良いと思います。

そんなの面倒くさいだけと思うかもしれませんが、大人になってから素直に感動できる自分に向き合えると、嬉しいもんですよ。

人が輝く場所はその時によって変わるんだと思います。会社、住む場所、パートナー。

その時々に1番輝ける場所にいることが、自分も周りも幸せにするんじゃないんでしょうか。違うと思ったら少し離れてみる。いいんですよ、考え方が違って。

海外に行ってみた結果、「自分には合わなかった」「何か違和感を感じた」これでも問題ありません。大事なのは、あなたに合うかどうかを、あなたが来て感じること。

気になる国があるなら、まずは自分で行ってみて確認してみましょう。何がきっかけで海外に住むことになるかなんて、わかりませんからね。

ちょっと言い方キツイですけど、自らの生き方に迷うことをやめて盲目的に会社に尽くしたり、周りと同じように結婚、子供を作るのは楽ですよ。だって大多数がそういう生き方をしてきた時代だから。

でもそれじゃしんどい人も当然いるわけで。どうせいつか死ぬんだし、少しでも後悔をなくしたいなら安易に周りに合わせない勇気を持つことも大事ですよね。

海外に出る決心をした後に、なぜタイにしたのか?これからどうしたいのか?そして今はなぜ当時より稼げているのか?とかも書こうかと思いましたが、長くなりすぎたのでいったんここで終了にします。

気になる方は、よかったら下記の記事を読んでみてください。海外に出てからも稼げるヒントに繫がっています。

ここまで読んで頂き本当にありがとうございます。もし気になる部分が少しでもあれば、twitterでRTや感想をもらえますとうれしいです。



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